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    「わたし、あれらしいのよ」

    足が冷えて来たので、風呂の火でも見ようと立ち上つた時だつた、裏口の戸がゆつくりと外から開いた。

    「あれだね、君は見かけによらない――親思ひなんだね!」

    坐りなり、あたりを見まはした。眉の強い、眼の切れ目な、短いつまみ立てたやうな鼻髭を生やした今泉の稍冷い顔つきは、それだけで云ふなら確かに整つた立派な顔だつた。苦味走にがみばしつて男らしかつた。たゞ何か大切なものが欠けていた。彼は身近かに、皆から稍やゝはなれて手持無沙汰にぽつねんと坐つている房一を見つけた。

    一人だと何んて少ししか喰べないもんだらう、まるで小鳥の餌ほどだつたわ、と可笑をかしがりながら。――それに、後片づけだつてざぶざぶつと一二回やれば済んでしまふわ、と横目で膳の上を眺めながら。

    むかしからおれとこの人とは仲よしだつた――それは押しかくすことのできない悦ばしさだつた。

    「ふむ」

    それは何かしら長い退屈な時間だつた。香煙はまつすぐに立ちのぼり、二尺ばかりの高さでゆらゆらし、蝋燭の灯はそれに答へるやうにまたゝいた。さつきまで思ひ思ひの世間話に身を入れていた連中は一瞬厳粛になり、それから放心し、今一律に無表情のまゝぢつとしていた。その中で、大石練吉は今も頭をまつすぐに持ち上げて仏壇の方を眺めていたが、間もなく千光寺の住職の剃り上げた後頭部に人並外れて骨が突出し、その下にぺこんとした凹みのできているのを発見し、しきりとそれを見つめていた。

    「いや、そのうち又ゆつくり話さう」

    今日見るその顔は、色こそ黒かつたが、地蔵眉の、眼もそれに釣り合つて細い糸を引いたやうにやさしかつた。だが、その声には何かきつぱりした、率直さが感じられた。

    と、下の男は睨み上げた。

    八月も末だつた。十日あまり思ひがけない涼しさがつゞいたので、このまゝ九月に入るのかと思はれたが、暑さは又ぶり返して、がまんがならないほどだつた。

    「なんだね、クレーの射撃なんてものは昔はなかつたもんだが、こなひだの競馬は僕も見たけれども、子供の時以来十何年ぶりのわけだが、あれはちつとも変つていないね。優勝の景品が米俵だなんてね」

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